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2011年12月

今年1年を振り返って○

 昨日あたりから年末年始のお休みに入る会社も多いのではないでしょうか。今年1年お疲れさまでした。まだ仕事納めしてないよ!って方、失礼しました。でも、私も31日の午前中まで働きますのでお許しくださいね。

 さてみなさん、今年1年振り返っていかがでしたでしょうか?もちろん一番の衝撃は、東日本大震災で、まだまだ避難所生活、仮設住宅暮らしの方が大勢いらっしゃいます。東北3県を中心に、震災の爪痕は深く残っていますが、その一方で、復興に少しずつ舵を切りつつもあります。その『東北魂』のたくましさには、ただ尊敬するばかりです。

 どうしても、マイナスの事柄の方が印象に残りやすいので、ダメだったこと、できなかったことをつい思い出しがちですが、本当は良かったこと、うまくできたことがたくさんあった1年だったのではないでしょうか?自分自身のことでも、ご家族、友人・知人のことでも、嬉しかったこと、楽しかったこときっとあったと思います。

 また、今年に使う言葉で適切かどうか分かりませんが、「禍転じて福となす」「人間万事塞翁が馬」とことわざもあります。失敗したからこそ得た物があれば、それはもう『良い事』の方に分類してしまいましょう。そうしていけば、けっこう悪くはなかった1年と言えなくはないですか?

 私はまず、今年1年病気やケガもなく、整体師として、みなさんに施術をし続けられたことに感謝したいです。空手道場にも通うことができ、門下生として、指導員として、気づきの多い1年となりました。家族も無事健やかに過ごせた1年だったと思います。目の前の当たり前を当たり前を思わず、幸せと感じることができれば、きっと毎日が幸せなのでしょう。

 妻や子供が元気でそばに居てくれるだけで、毎日が幸せなはずなのに、ついつい欲ばりになってしまい、自分の思いどおりに行かないとつい、不満をもらしてしまいます。来年は、そういった気持ちは減らして、もっと周りに感謝の気持ちを持って接していきたいですね。

 

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思惑どおりに行かないからこそ○

 冬至も過ぎ、18日(日)に越谷市の空手道大会が開催されてから早1週間が経とうとしています。今年は久しぶりに総合体育館での開催ができましたので、良いコンディションの中で選手たちは試合に臨めたのではないでしょうか。2階席の余裕も十分にあり、親御さんたちも席を気にせず、応援できたのではないかと思います。

 さて、我が愛娘たちも越谷の大会に出場したのですが、結果は期待どおりとは行きませんでした。形試合では、二人共もう1回戦ずつは上に行けると思っていたのですが、相手の選手が素晴らしく、惜敗しました。本人たちも悔しかったらしく、少し泣いてましたね。

 しかし、組手試合では、レベルの低い話しでもうしわけないのですが、上の娘が、公式戦ではじめてポイントを取り、勝ちを納めました。これまでその性格からか、どうしても自分から有効打を出すことができず、勝つどころか1ポイントさえ取ることができずにいました。これは大きな成長です。ひょっとしたら、今回形でメダルを獲るよりも私としてはこっちの方がうれしいかもしれません。

 他にも、周りの予想以上に活躍した選手、実力を発揮できず早々に敗退した選手、思ったとおり(または思いどおり)の結果に終わった選手、いろいろいたと思います。指導する側も選手たちに様子をみて、これからの稽古内容をまた考えるということもあろうかと思います。試合は、なかなか思惑どおりに行きません。だからこそ、いろいろ考え、次に繋げる努力をしていくのだと思います。

 もちろん、良い結果から、何で良かったのかを分析することもありますが、やはり上手く行かない時の方が、分析する材料は多く残るでしょう。成長とはそこから、何をどれだけ拾えるかなのだと思います。また、空手に限らず、人生、思惑どおりに行かないからこそ面白いのです。全部、思ったとおりに事が運んでしまってはつまらないでしょう?

 「できない時こそ考える」「つらい時こそ努力する」、たいへんですが、その時に感じる充実感や、灯りが見えた時の喜び、叶った時の達成感はきっと何物にも代え難いことでしょう。そう思えば、必ずしも成功だけが喜びではないはずですね。

 

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「メンテが大切!」っていつも言ってるくせに・・・○

 今週の水曜日、幼稚園の空手教室の帰りに、なんと、スクーターの後輪がバーストしました。原因は、おそらく整備不良。タイヤの溝がなくなってきて、もうとっくに交換時期になっているにもかかわらず、乗り続けてた報いですね。ふらつきを感じてすぐに止まったので、とくに転倒やクルマとの接触事故もなかったのですが、これは、猛反省、猛省ですね・・・

 たまたま、水曜日の午後は、日中は患者さんの予約が入っておらず、誰にも迷惑を掛けずにすみました。レイクタウンの近くでバーストしたので、携帯でバイク屋さんに連絡を取ったあとの約2時間の待ち時間、レイクタウンで、思いがけぬウインドウショッピングとなりました。

 レイクタウンの中はクリスマスムード一色。平日だというのに、けっこう人もいましたね。午後2時前後くらいだったので、制服姿の高校生たちも見かけました。そう言えば高校生の頃、下館のジャスコによく行ってたなぁ。今はもうないけど。

 夕方、タイヤ交換ほかチェックしてもらったバイクを受け取り、夜からの患者さんの整体を終え、深夜、1日を振り返って、つくづくメンテナンスって大切だなぁと実感しました。日頃から、患者さんには、「自分の身体なんですから、メンテナンスに気を配ってくださいよ!」って言ってたくせに、自分はあんなに大事なバイクをバーストするまで乗り回すなんて、メンテナンスを口にする資格ないですよね。

 機械を「まだ使えるから」「動くから」と言ってそのまま酷使して、結局寿命を短くしてしまうことってありますよね。そして壊れたあとに決まって後悔するんです。もっとちゃんと手入れしておけばよかったって。これって身体も同じですよね。違和感を放っておいて、後でたいへんな思いをするくらいなら、日頃から定期的にメンテナンスしておく方が断然いいです。

 機械は部品交換で済みますが、人間の身体はおいそれとは、簡単に交換というわけにはいきませんから。

 

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みなさんにとって、今年の漢字は?○

「今年の漢字」はやっぱり「絆」(2011年12月12日 読売新聞

 2011年の世相を表す「今年の漢字」に「絆」が選ばれ、清水寺(京都市東山区)で12日、森清範(せいはん)貫主が特大の和紙に揮毫(きごう)した。

 今年は過去最多だった昨年より21万票以上多い49万6997票が集まり、「絆」が6万1453票を得た。東日本大震災や台風12号など相次いだ災害で再認識された家族や仲間、地域とのつながりの大切さや、サッカー女子ワールドカップ(W杯)で優勝した「なでしこジャパン」のチームワークの良さなどを理由に挙げた人が多かった。

 2位以下も「災」「震」「波」など災害の影響を反映した字が多かった。揮毫された「絆」は13~31日、同寺本堂で公開される。  「今年の漢字」は財団法人「日本漢字能力検定協会」(同市)が1995年から公募している。

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 今年1年を表す漢字は『絆』。予想どおりと言えば予想どおりでしたね。今年はインパクトで言えばたしかに『震』『災』なのでしょうが、1年を代表するものとしては、やはりネガティブなものは好ましくありませんからね。『絆』で私も良いと思います。

 さて、みなさんのとっての今年の漢字は、何だったでしょう?人それぞれに想うところの多い1年だったのではないでしょうか。それをたった漢字1文字に凝縮するのはなかなか難しいかもしれませんね。私の場合は、あえて1文字挙げるとするならば『省』でしょうか。

 師走だからということもありますが、本当のいろいろなことを省みる機会の多かった1年でした。私のなかなか直らない欠点として、「ちょっと上手くいくとすぐ調子に乗って、周りを困らせる」というのがあります。基本的に、「人生、自分の思ったとおりいくものでもない」と考えている節があるため、反動でたまに物事が上手く進むといい気になって、謙虚な気持ちとか感謝の気持ちとかをどこかに置いて来てしまうらしいです。それで、そこを誰かに注意をされて、ハッと気づくわけです。う~ん、反省。

 それと、元々は出場を見送ろうと思っていたのですが、今年は愛娘2人が、5月の空手道県大会、形の部に出場し、その姿を私の父(つまりおじいちゃん)に観せるべく、本人達すごくがんばったのですが、結局父は体調を崩し、直接は観せることはできませんでした。また、私自身も8年振りに、6月の越香会の大会に選手として出場し、娘共々、父に道着姿を観せ、元気付けようと思ったのですが、やはり体調回復せず、叶いませんでした。

 父は9月に亡くなりましたが、その『がんばる過程』は、これまでの父への想いや、今自分がこうして在るのが父のおかげだということを省みさせてくれました。その一方で、もう少し直接感謝の言葉を伝えるべきだったと、今なっては反省してもし足りません。しかし、私は、自分が仕事を充実させ経済的に自立し、家庭を持ち、孫の元気な姿を見せてあげることが一番の親孝行だと思って、今までやってきたので、その点では後悔はありません。

 また、生活の時間割が、整体の仕事と空手が大半を占め、家族サービスがおろそかになっている点も反省しなくてはなりませんね。きちんと家庭を省みなくては、父親としての役目を十分果たしているとは言えませんから。それにしても、他のパパさん達はどうやって時間を作っているのでしょう?私なんて、飲みにもいかないし、ゴルフも釣りもやらないのに、時間がいつも足りません。誰か時間の上手い使い方、教えてください!

 

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護身としての空手を教えなくてはならない時代なのか○

 先日、16歳の少年が容疑者として逮捕された、松戸・三郷の連続通り魔事件にはたいへんショックを受けました。小学生の2人の愛娘を我が身としては、被害に遭われたお子さんはもちろんのこと、その親御さんの悲しみや怒り、恐怖を思うと居ても立ってもいられません。お子さん方のいち早い回復を願うばかりです。

 報道によると、犯人の16歳の少年は、見た目おとなしい普通の男子高校生だったようです。しかし、事件を起こす以前から動物虐待を繰り返すなどの問題行動が目立っていたということで、おそらく捕まる前から少年の周辺の住民は、うすうす犯人に気づいていたのかもしれません。

 しかし、みんながみんな、「一見おとなしく見えるが、あの人はおかしい。」などと分かっているわけでもなく、知らない人は気をつけようもありません。いったいなんでこんな世の中になってしまったのでしょうか。「子供は外で遊んできなさい!」と無条件で言われていた私の子供の頃がなつかしいです。

 私は子供たちに空手を教えているということで、「空手はイザとなれば、護身に使えていいですね。」と、知り合いや整体院の患者さんに言われるのですが、心の内を明かすと、子供たちに『護身としての空手』を教えるのはイヤなんです。世間がそんな殺伐としているなんて、子供たちに思ってほしくないんです。空手は、礼儀を学び、心身を鍛え、みんなと思いっきり身体を動かして、冬でもしっかり汗かいて、楽しくやってほしいんです。誰かに襲われるかもしれないから、身を護ろうなんて動機で始めてほしくないんです。

 たしかに、とくに形(かた)の稽古の時は、その意味を教えます。その動きはまさに護身そのものです。マスターすれば即護身術となるでしょう。しかし子供たちにはそこはあまり意識せず、伸び伸びとやってほしいのです。組手も襲い掛かる相手を想定するのでなく、同じ競技をする者、相手に感謝の念を抱きつつ、自分の身につけた技を存分に繰り出してほしいのです。

 空手道は武道です。武道とは、私論で簡単に言えば、護身の技を精神修養の道にまで昇華させた伝統技法です。ですから、競技やスポーツの側面よりも護身としての空手を教えることが時代の要請ならば、指導者はその要請に応えなくてはならないのかもしれません。  しかし、本当は我々大人たちが、子供たちが護身術を学ばずとも安心して、いろんなことに打ち込めるような社会を実現させていかなくてはならないのだと思います。

 

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倍働いてあたりまえ○

 府知事だった橋下徹氏が、大阪の新市長に選ばれてから早1週間以上経ちますね。この前TVで、通勤途中の大阪市の職員が「橋下さんが当選されて、これから期待と不安どちらが大きいですか?」の質問に「不安ですね。」と答えていました。私はそれを聞いて、やはり大阪市の改革は必要だなと思いました。

 『お役所仕事』という言葉に例えられるように、とかく役所勤めの公務員の方々は、こなす仕事量が少ないイメージがあります。実際には私も用があって越谷市役所に行く時は、いつも役所の中はごった返していまして、カウンターの向こうの職員さんは忙しそうに働いています。そこには手抜き・お気楽なって姿は一切見られません。これが本来の姿なんでしょうね。

 他にも、学校の先生や警察官、消防士など、たくさんの公務員の方に私達の生活は支えられています。だからこそ(ちょっと渋々ですが)税金を払っているのです。

 このインタビューされた大阪市の職員も、自分が市民にとって必要とされていると自負できる仕事をしていれば、「不安です。」などという答えはしなかったでしょう。人員が過剰であることを少なからず認識していたのでは?と勘ぐってしまいました。または、現在の仕事が忙しくても二重行政の統合や業務の効率化で仕事がなくなるかもという不安の事かもしれませんが、それを今までしてこなかったから有るという仕事では、やはり改革をして、再編を図るべきでしょう。

 もし大阪市の仕事が、7人分の仕事を10人でやっていたのなら、または10人分の仕事を10人でやっているが、効率化したらて7人分の仕事量になるのであれば、それは余剰でしょう。民間、とくに中小・零細企業は、昔の7人分の仕事をおそらく3~4人、あるいはもっと少人数でこなしています。もちろん効率化を徹底した上でですが。

 サービス残業・休日出勤を是とするわけではありませんが、自分の理想の仕事量の倍働いているのが当たり前の世の中です。みんなそうやって必死に働いて生きています。隣りの芝生は一瞬青く見えるかもしれませんが、楽な仕事なんてありません。もしも大阪市役所が、まず人員ありきで、その人員のために仕事をわざわざ用意するなんてことになっていたら、本末転倒です。そこは真っ先に槍玉に上がるでしょう。

 『倍働いて当たり前』をもうひとつ進めて、『倍働いてちょうどいい』くらいに思えば、意外と辛くはないのかもしれません。その分、人の倍、社会に貢献できていると思えば、自分の存在価値が上がるというものです。そんな人はリストラなんて心配いりませんよ。

 

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生意気なのも成長の証し

 先日、ウチの娘が校長先生のお話しの中で、「最近、5・6年生が生意気になってきた。人の話しを聞いてる振りだけして、まったく聞いていない(その場だけ聞いて、言うとおりに行動しない)。」というようなことを聞いてきたようです。  校長先生の言いたいことはもちろん分かります。きっと目につくような具体的な例があったのでしょう。しかしそれを聞いて、私はそういう部分も含めて、『成長の証し』なのかなと思いました。  空手道場の少年部のお手伝いを始めてからしばらく経ちますが、ある高学年の男の子はまさにコレです。アドバイスをしても、一応返事はしますが、聞いてるような聞いてないような感じ。アドバイス直後もそのとおりにやるかというと、そうでもない。「ちゃんとできていないのは分かっているが、言われたくない」「言われて、無邪気に従うほど子供じゃない」「大人の言うことをすんなり認めたくない」っていう感じがアリアリなのです。  しかし、その態度を面と向かって叱りつけても、意味がありません。大人側はその子がなぜそのような態度をとるのかを、考えなくてはなりません。子供と言っても、さすがに10歳を過ぎればいろいろ分かってきます。自分で考えるようになってきます。相手が信用に足る人間なのか、そのアドバイスが自分にとって必要かどうか、子供も子供なりに判断しているのです。  もちろん、教わる側はそういう選択をせず、いろんなことを素直に吸収するのが一番の成長の近道なのですが、なかなかそうはいきません。そうできる方が稀でしょう。私も、ちいさい頃はとにかく『口ごたえ』『屁理屈』が多い子でした。5・6年生の時の担任の先生には相当、疎んじられていましたね(笑)  教える方は、素直に「ハイ!」「ハイ!」と何でも聞いてくれる方が楽に決まっています。しかし、その「ハイ!」には、もう高学年には『理解』『自分の考え』が含まれなくてはなりません。だからこそ、自分が理解できないことだったり、自分の考えと合わないことだった場合には、素直に「ハイ!」と言えない時があってもいいのです。また、言われていることは真っ当だと思っていても、それができない自分が悔しくて、認めたくないという場合もありますね。それも教える側が受け入れてあげるべきだと思うのです。  解釈はいろいろとありますが、私は『教育』という言葉の意味は、『教』⇒教えること、『育』⇒育つこと、だと考えています。「こちら側からは、いろいろ教えてあげるけど、それを聞いて育つのは自分だよ。」という意味です。その育つスピード、成長の過程は、個人によって様々です。成長の過程の中で、ある程度生意気になるのは、至極当然のことなのかなと思います。  「あの子は最近、全然言うこと聞かない。生意気になった。」などとネガティブに考えず、「自分でいろいろ判断できるようになったか。成長してきたな。」とポジティブに考えれば、腹も立たないのではないかと。 ========================= 《メルマガ『まぐまぐ』発行しています》 『整体師のミカタ』 に関してご意見やご要望などが ございましたら、お気軽にお知らせください。 http://www.mag2.com/m/0001002720.html   これからもどうぞよろしくお願いいたします。   =========================
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