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2016年6月

「それは違うよ。」と言ってくれるは、いますか?

 政治資金の公私混同使用問題で、ついに舛添氏が、都知事辞任に追い込まれましたね。ほんの2・3ヶ月前までは、まさか自分が都知事を辞任するなんて思いも寄らなかったことでしょう。本人の無念さや悔しさは、報道を通じてよく伝わってきます。

 きっと本人は、「どうして、こんな事になってしまったんだろう?」、「自分は、どこで何を間違えたんだろう?」と、思っていると思います。おそらく、法に触れないように最大限注意を払って、政治資金や政治活動費を言うなれば、私的に流用していたのだと思います。何かあったら、違法性はないと、合法だと主張すれば、通ると思っていたのでしょう(それこそ脱法行為なのですが)。それゆえ、何が悪かったのかの本質を、理解できないままなんじゃないかと思います。

 正月の家族旅行を、会議費で処理しようとした際、「それは、しちゃいけません。」と言ってくれる人が、そばにいなかったのが、舛添氏の一番の不幸ではないでしょうか。もしかしたら、言った人はいたかもしれませんが、それでも、舛添氏に言い聞かせるだけの影響力を持つ人ではなかったのでしょう。せめて奥さんが、「あなた、それはダメよ。」と言える人だったらよかったのにと思います。

 災害や、大きな事故が起きて、都民に被害が出ている状況でも、毎週末の湯河原通いは止めませんでした。これも、「今週は、行ってはいけません。」と厳しく言える人が、周りにいなかったからです。自分の周りに、イエスマンしかいない弊害が出てしまいましたね。

 年を重ねていくうちに、自分のことを諌めてくれる存在というのは、だんだんといなくなります。だからこそ、自分で襟を正さないといけないのですが、やはり人間ですから、どうしても自分に甘くなってしまいます。自分の物差しで世の中を測り、自分の解釈で物事を進めようとします。そんな時に、「それは違うよ。」と言ってくれる存在がいるかいないかだけで、方向性は、大きく変わるのです。

 実は私も、数年前に、大きな勘違いから、過ちを起こしました。しかし、私は自分が勘違いをしていることに気づいていなかったのです。ですが、その考えの誤りを指摘され、我が身を振り返った時、ようやくそのことを自覚できたのです。痛手は大きかったですが、自分の考え方を改める大きな転機となりました。

 「それは違うよ。」と言ってくれる人。私にとっては、母や妻、師がそれにあたります。感謝でいっぱいです。私は幸せ者ですね。

 親や兄弟姉妹、親友、上司、師と呼べる存在、みなさんには、「それは違うよ。」と、本気で言ってくれる人、いらっしゃいますか?

 

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舛添都知事 辞職 「都政停滞」引責 21日付、政治資金問題で (毎日新聞2016年6月16日

 東京都の舛添要一知事は15日、政治資金の支出などを巡る公私混同問題の責任を取って21日付での辞職願を提出し、都議会は本会議で全会一致で同意した。

 舛添氏は本会議で、辞職願を提出した理由について「私自身の問題で、これ以上都政の停滞を長引かせるわけにはいかない」と説明した。舛添氏の在任期間は862日となり、歴代都知事としては前知事の猪瀬直樹氏の372日に次いで2番目の短さとなった。

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『出来ない』のほとんどは、ウソ

 私は、空手の指導中、生徒たちが何かのはずみで、「む~りぃ~」と言うと、「はいっ、『無理』禁止ね。」と返してます。もちろん、生徒たちも本気で無理と思っているのでなく、ポロッと口から出てしまうのですが、そこは流さず、軽くですが、注意をします。なぜなら、『無理』を口にしていると、本当に無理になってしまうからです。

 私もあまり他人のことは言えないのですが、人は、やりたくない時に、出来ない理由を探します。本当は、ただ自分の心が弱いために、やりたくないだけなのに、それを自分で認めたくないので、やらない理由を外に求めるのです。言ってみれば、『出来ない』のほとんどは、ウソです。でも、不思議な物で、そうやって探すと、出来ない理由はいくらでも見つかります。そしてそれが本物の理由に思えてくるのです。弱い心と怠け脳がタッグを組んで、自分を「そりゃ、出来ないよ~、ムリだよ~」と、だましにかかるのです。

 例えば、「時間がないから、勉強できない」というのは、典型的なウソですね。勉強したくない人は、時間があっても勉強しません。それとは反対に、勉強しなきゃって思っている人は、何としてもその時間を捻出します。時間は、ある物でなく、作る物です。私の知っているサッカー大好き少年は、ほぼ毎日サッカー漬けです。しかしそれでも学校の成績は落としません。なぜなら、成績を保てないなら、大好きなサッカーを続けさせてもらえないからです。こういう経験を成長期にどれだけ積めるかが、大人になった時に自己実現できるかどうかの、大きな鍵になります。

 とはいっても、今はストレス社会。子供にも、慢性疲労症候群が出たり、適応障害になったりする時代です。ですから、むやみやたらに、子供に「がんばれ、がんばれ」というのは、良くない場合もあります。その「がんばれ」という期待が、子供にとって過度の負担になる場合があるからです。

 しかし、親に何の期待もされない自分に、果たして自信が持てるでしょうか?がんばらなかった自分には、何が残っているのでしょうか?人は、自分ががんばってみた結果を受け入れ、そしてそれを土台とし、そこからまた改善や努力をし、次の結果を得る。その繰り返しこそが、成長なんだと思います。

 一見無理目なことにチャレンジして、もしモノになったら、それはスゴイ自信になりますよね。逆に、ちょっとでも辛い思いをするのは避けて、チャレンジが失敗して心が傷つくのを恐れて、今出来ることしかやらないのであれば、いつまでも自信のある自分になれません。がんばらないのは、成長過程において、ものすごい損なのです。

 昔の人は言いました。「若い時の苦労は、買ってでもしろ」、「かわいい子には、旅をさせろ」。親は、子供が苦労して、がんばって、辛い思いをしているのを、黙って見ているのが、一番辛いです。つい手助けしたくなります。やめてもいいよって言いたくなります。手を出さず、見守るだけ、信じるだけというのは、なかなか難しいですよね。しかし、昔の人は、子供の成長には、思い通りにならないもの、それを一人で乗り越える機会、それが一番必要なのだと、分かっていたような気がします。

 もちろん、していいガマンとしてはいけないガマンがあります。ブラック企業や、上司のパワハラで、精神を病むまでガマンする必要はどこにもありません。しかし、入社してわずか3ヶ月で、言われた仕事がうまくできなかったからといって、「自分には、この会社は合わない。」と辞めてしまうようでは、この先何をやってもうまくいきっこないでしょう。

 自分の手に入れたい目標を設定し、それに向かって少しずつ努力を積み重ねていく。そうすれば、今は無理かもしれない目標でも、積み重ねた土台に立てば、手が届くのです。今、自分も目標に向かってチャレンジ中です。

 「何事も、出来ない理由はどこにもない」 私は、そう信じています。

 

 

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