ほめて育てるってムズカシイ。○

 最近、「子供はほめてこそ育つ。」みたいなのが流行ってますが、私にとって、この『ほめて育てる』ってのがけっこう苦手です。それでも幼稚園の空手教室では、相手も幼児ですし、かなり意識して良いところをほめていくのですが、家では、ついつい叱ったり、注意することの方が多くなってしまいます。

 プラス思考、ポジティブ・シンキング、何事も前向きにとらえた方がうまくいく、と考えるならば、叱るよりほめて育てる方が、きっとその子は伸びるでしょう。お互いストレスも溜まらず、いいことずくめのはずです。でも、でも、なかなかそれができない。う〜ん、何ででしょうねぇ?

 出来ていないことよりも、出来ていることに着目し、良いところを伸ばしながら、総合力を引き上げ、出来ていない部分も引き上げていく。それが出来れば理想なんですが、この記事を書いている瞬間はそう思っても、イザ子供を目の前にすると、まず『お小言』から入ってしまいます。いつか(いや、もうすでに?)子供に嫌われますね。

 ここで、自己弁護をしますと、お小言を言ったり、叱ったりと言うのは、実は期待の裏返しなんです。本当は出来るはずなのに、その能力は十分備わっているはずなのに、やろうとしない。だから叱るんです。例えば、1才のヨチヨチ歩きの赤ちゃんに、食べ終わった食器をシンクまで持っていかないと叱る親はいないでしょう。2才くらいで、食器を運んでくれたら、それはもう、ほめちぎりでしょう。しかし、もう小学生にもなれば、そんなことは当たり前で、食器をそのままにしていたら、逆に注意されてしまいます。

 勉強にしても、宿題も、やったからほめるというより、やって当然。やりもせず、のほほんとしてれば注意するでしょう?もしここでほめるということならば、相当レベルを下げて接するということになります。これって、子供をバカにしていることになりませんか?相手のほめられてもうれしくないことをほめたら、「今までどんだけ見損なってたんだよ!」ということになりませんか?その辺のさじ加減が、正直分からないのです。

 子供がいつもより、プラスαの部分がんばったり、親切にしてくれたら、そこは見逃さずほめるべきでしょう。しかし、何でもかんでもほめればいいというのもどうかと思うのです。とは言え、なかなかほめるきっかけがない時は、普段の何気ない行動でも、「いつもがんばってるね。」とか「いつもありがとう。」とほめてあげるのもいいと思います。

 子供が「これは注意されても当たり前だな。」、「ここはほめて欲しいな。」と思っているところに、ストライクで声掛けが出来るようになるのは難しいと思うのですが、それこそが子供を伸ばす方法なのだと思います。

 

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