『それでも自分に責任がある』と考える人は成長する

 今、日大と関学大とのアメリカンフットボール春季オープン戦での悪質タックル行為をめぐって、とても大きな話題となっていますね。事件(あえて事件と書きますね)の全容は、悪質タックルを実行した当該選手の会見で、ほぼ明らかになったと思います。

 さて、監督の指示で、相手選手にケガおよび、退場させる目的で、タックルに行った場合、悪いのは、責任があるのは、指示した側?実行した側?どちらなのでしょうか。その辺については、マスコミやweb上で、さまざまな意見が出ています。本件の元凶は、日大アメフト部の監督ということになるのでしょうが、会見で、選手自らが、「指示があったにせよ、自分でやらない判断をすべきだった。」、「指示があったとしても、やったのは自分。わたしの責任。」と、反省の弁を述べている事こそが、とても重要だと思います。

 これを誰かに言われるでのなく、自分から言う。とても勇気のある決断だったと思います。そしてこの捨て身の覚悟。自分の行為が万死に値すると謝罪する事、それのみが彼を救う唯一の方法だったのです。もちろん、この選手は、自分が救われたいなんて考えて会見に臨んだわけではないでしょうが。

 どんなに都合の悪い事でも、どんな事情があるにせよ、「それでも自分に責任がある」と言える人は、必ず成長します。反対に、誰かのせいにて、逃げ回ってばかりいては、何も解決にもならず、ただただ見苦しい姿を晒すばかりです。

 指示が事実であったとして、監督は、教唆犯もしくは共同正犯になり得るのですが、当該選手も監督の言うことを聞けば、試合に出られるという自己の利益を優先したという事実が残ります。そこに至る経緯で、言うことを聞かなければ、自身の大学生活・アメフト人生が終わるかのようなプレッシャーを監督から掛けられていたようですし、成人しているといっても、まだまだ大学生。暴行罪、傷害罪、他人に後遺障害が残る場合の責任の取り方など、どこまで熟知したいたかも分かりません。

 しかしそれでも、実際にあのタックルを実行してはダメだったのです。それは本人も、退場させられてから、冷静に自分のしたことを振り返って、自覚したことでしょう。指示されても従わなければよかったと、ものすごく後悔したと思います。だからこそ、やってほしくなかったです。最終防衛ラインは、彼にあったのですから。

 ですから、あの会見を見たコメンテイターが、当該選手を「えらかった」、「立派だった」とほめるのには、違和感を感じます。元々が被害届けを出されるような傷害行為を行なっているから、あの会見を開くことになるわけなので。ただ、被害届けを出されたといっても、成人とはいえ20歳、初犯、再犯の可能性も低い、退部届けを提出し、謝罪会見を開くなど、社会的制裁も十分に受けている、被害者感情からすると、この蛮行をさせた監督やコーチを罰してほしいと思っている等を考慮すると、書類送検されても起訴猶予となるでしょう。監督やコーチは、起訴されれば、執行猶予付きの有罪判決が下されるでしょうが。

 過ちを犯したとはいえ、まだ二十歳。同じ大学生に、障害が残るかもしれないケガを負わせた事実は一生消えませんが、『自分に責任があった』という反省から、また人生やり直すことができます。これを大きな糧と考えられるようになるには、もう少し時間がかかるかもしれませんが、彼は、きっともっと大きく成長できると信じます。そういう意味では、今後の彼の人生を応援したいですね。

 

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