(ネタバレあり)読書感想文『ラブカは静かに弓を持つ』

感想文『ラブカは静かに弓を持つ』(安壇美緒著)

 本の装丁の美しさとタイトルの不思議さに惹かれ、それと2023年本屋大賞第2位という評価の高さからこの本を読んでみたくなりました。

 予備知識なしで読み始めると、実際にあったJASRACと音楽教室の著作権裁判の話しがモチーフと知り、主人公がスパイとして音楽教室に潜入する展開となり、俄然スリルめいてドキドキしながら、ページをめくっていきました。

 ただ、スパイものといっても展開は静か。アクションやドンパチはありません。バレそうでバレないハラハラ展開というよりも、主人公の心理描写が細かく描かれ、気づいたら常に「自分だったらどうするだろうか」という感覚になっていました。

 タイトルにもある『ラブカ』。深海魚の名前だという以外、ほぼ知識はありませんでしたが、このラブカや深海という言葉が様々な場面で意味を持ち、キーワードになって物語を支えていっているように感じました。ところどころにある比喩表現も綺麗で、頭の中で言い表せない映像が浮かんでいきました。

 さて主人公は、社命を受けて自分の意志とは関係なく音楽教室に通い始めます。そこでレッスンを担当するある音楽講師や他の生徒との出会いがあり、それが彼の人生観変えていきます。やはり仕事場でも家庭でもない、ひょっとしたら友達というわけでもない、習い事で繋がる関係性、恩師や仲間という存在が時に人生にとって非常に大事な意味を持つのかなと感じました。また、そういう事を知らずに人生を終えてしまうのはとてももったいない事なのだと。

 また、講師がある決断を持ってチャレンジをします。人に教える立場に安住せず、自分の実力を思い切りぶつける挑戦をする姿に共感と感動を覚えました。

 これは私が、三十数年来空手道を続け、指導者でありながら、時に選手として、時に受審者として挑戦を続けていきたいと考えてるからだと思います。この時は、自分の気持ちは主人公でなく、講師に感情移入してましたが。

 スパイものであれば、裏切り行為がバレるのは必須の展開です。それを主人公がどう受け止め、その後どう行動するのか、周りはどう反応し対応するのか、心が少し締め付けられるような感覚で読み進めました。

 エンディングは、とても良かったです。このエンディングが良かったです。静かにドキドキし、静かにしんみりしながら読み進め、最後には静かに安堵とも爽やかとも幸せとも満足とも表現出来ないような読了感が、私の心の中に広がるのを感じました。

 タイトルの『ラブカは静かに弓を持つ』の意味をしみじみと味わいながら、この文章を書き終えたいと思います。

 全国の書店員さんが勧めるのもごもっともな良書です。たいへん面白かったです。実写になれば、とても面白い作品になるとも思いましたが、そうなるといろいろ脚色されて作品の絶妙な色合いが変わってしまいそうなので、活字のままが良いのかなと思いました。

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