なんで『返事はハイ!』なのか○

 私も小さい頃、親や先生からさんざん言われてきました。 『返事はハイ!』  私はヘリクツが多く、なんでもああ言えばこう言う、という子どもでした。素直にハイというのがイヤで、必ず言い訳をしていました。できなかった理由、やらなかった理由、間違えた理由、とにかく理由をつけて、自分の正当性の主張ばかりしていました。

 こちらの言い分を認めてもらえることもたまにありましたが、大半はただのヘリクツで、まったく通用しないばかりか、逆に相手を怒らせていました。実は、この言い訳するクセ、社会人になっても続いていたんですよ。「でも~」とか「しかしですね~」とか連発していました。お恥ずかしい限りです。

 でも、ある人に言われたんです。「お前、そんなんじゃ損するぞ。」「誰も何も言ってくれなくなるぞ。」って。真顔で真剣に。本当に私のことを思って、言ってくれているのが伝わってきました。その時から、この悪いクセを、本気で改めるようになりました(今、100%治っているか分かりませんが・・・)。

 人が誰かにする忠告やアドバイスは、その誰かさんのためを思って言っているはずです。どうでもいいと思う人には、近寄りもしませんし、何も言いません。好意の反対は無関心です。また、その忠告もきっと聞き入れてくれるだろうと、信頼して言うのです。しかし言うことをまったく聞いてくれず、言い訳ばかりされていたら、だんだんアドバイスもしたくなくなりますよね。その人はそれでいいんでしょうか?

 自分に都合のいいことだけを聞いて、イヤなことは聞かない。誰かの言うことは聞くけど、誰かの言うことは聞かない。そんなことを繰り返していては、本当に自分に必要な忠告を聞き逃してしまうばかりでなく、いつかひとつの忠告すらもらえなくなります。

 人からいただける忠告を選ぶなんて偉そうなことをして、大成できるわけありません。面倒でやりたくないと思うことをやれって言われても、自分の悪いところを指摘されて、改めるように言われても、そこでイヤにならず素直に、「ハイ!」って返事をして行動するようにしていけば、その人はどんどん成長していきます。アドバイスする側も、もっといいアドバイスをしてくれるようになります。

 好き嫌いなくなんでも食べる子がどんどん身体的に成長するように、好き嫌いなくなんでも忠告を聞き入れて自分のものにしていく子は、心がどんどん成長していきます。もちろん、このなんでも聞くという姿勢が、自らの考えなしの無個性であっては意味を為しませんが。

 なんで『返事はハイ!』なのか、そう聞かれたら、私は、「それがあなたの成長の近道だから。」と答えます。

 

〈整体師の味方コメント〉

 偏りのない真っ直ぐな姿勢は、自身の健康によく、見ていて気持ちのいいもの。「ハイ!」という素直な返事もまた、真っ直ぐな心の表れ。するたびに清清しく、される側も聞いていて気持ちのいいもの。

 挨拶は心の姿勢。  

 

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