名前に見る価値観の変化○

 11月も半ばとなり、だんだん年の瀬も近づいて参りました。そろそろ年賀状の準備をなんて考える方もいらっしゃるのではないでしょうか。私の場合は、今年は喪中はがきなので、すでに作成・投函しているのですが、お出しするリストを見て、はたと気づいたことがありました。

 宛先の名前(名の方)に使われる漢字に、男性なら『幸』『正』、女性なら『美』『和』、他には『良』『明』などが多かったのです。リストは、私より年下の方もいらっしゃいますが、ほとんど同年代か年上、目上の方ばかりです。この頃、社会全体はきっと、公正で平和な明るい未来を目指していたのだと思います。それが名付けにも反映されていたのでしょう。

 それに対し現代はどうでしょうか?物質的には満たされており、飽和状態になりつつある時代です。ひと昔前の、我が子に、人並みに幸せに、豊かになってほしい、我が子の世代が明るい素晴らしいものになってほしいという価値観よりは、そういった物はもはや前提になっており、我が子には個性を発揮して自分の人生を有意義に過ごしてもらいたいという考えになっているのではないでしょうか?

 個性重視を反映してか、漢字も『颯』『爽』『凛』『翔』など、自分らの年代にはあまり使われていない字が多くなってきました。なるべく他の誰かと一緒にしたくない、オンリーワンの名前を授けたい、という親の思い入れが伝わってきますね。また、男の子向けとか、女の子向けとかの区別も無くなってきたように思います。例えば、『凛』なら、りん君でも、りんちゃんでもOKですよね。以前は、凛子など、女の子に多く使う漢字だったでしょう。

 こういった名づけに用いられる漢字の変化には、やはり時代の流れによる価値観の変化というものが見て取れます。昔(漠然としていますが)は、皆と同じ方向を向き、その中でいかにしていいポジション(社会的地位)を勝ち取るか、どうやってナンバーワンになるかが重要でありましたが、21世紀に入り様相が変わってきました。その代表的なのものが、2003年の『世界に一つだけの花』の大ヒットでしょう。その一節にこうありますね。

「ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別なオンリーワン」 

  固定化した価値観に対し、他人と能力を比較し、競い合うのでなく、価値観が多様化していく中で、それぞれの個の能力を充実させ、実力を発揮することで社会と関わっていく。その時代に子を産み、名前をつけるなら、個性ある名前にしたいと思うのは必然でしょう。

 かく言う、私の2人の愛娘も、名前に『子』はついていません。男女どちらにもある名前です。漢字自体は奇をてらったものではありませんが、読みはちょっとひねっています。やはり今どきの名づけ方ですかね。

 どんな名前でも、親が我が子の幸せを願って、一所懸命に考えたものなら、何でもいいと思うのですが、子供から、「ねぇ、私の名前、どうしてこういうふうにつけたの?」と聞かれた時には、胸を張って名の由来を説明できなくてはなりません。  

 

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