娘は貴重な時間を過ごしました。○

 ウチの愛娘たちは、隔週で書道(習字)も習っているのですが、6年生になる上の子が、書道教室の所属している書道会の展覧会に出品することになり、出品するもう1人の6年生の女の子と一緒に、書道の先生に特別にみてもらうことになりました。それで、昨日の夕方、作品を書く場所として整体院を使ってもらったのです。ちなみに、下の子はじゃまになるので、私と一緒に、2階の住まいの方で留守番してました。

 いくら展覧会の作品を書くためとは言え、書道の先生を独占して付きっきりでみてもらうなど、この2人はとても貴重な時間を過ごしたと思います。今はそれに気づかないかもしれませんが、後になってきっと、そのぜいたくさの意味が分かると思います。

 習い事というのは、自分の身につけていくもの。これは本当の意味での自分の財産になっていくものです。お金(月謝)を納めて習うものですが、ただ払えばいいというものではありません。その先生に教える気になってもらえなければ、身につけることはできないのです。ましてや、このような特別教室など、普通はこちらがいくら頼み込んだってやってはもらえません。

 私の整体の技術は、養成校で習ったものですが、故・大輪先生から直接指導してもらえる機会は本当に稀でした。ですからそのチャンスが来た時は、一瞬でも気を抜くまい、学び取れるものは全部学んでやろう、そういう気概で授業に臨んでいました。大輪先生は大変気難しい方でしたが、と同時に情熱的でとても熱い方でした。こちらがやる気を見せればそれ以上に応えてくれる方でした。そのほとんどが「そんなんじゃ全然ダメだね。」と叩き伏せられるものでしたが、それでも今思えば、かけがえのない貴重な経験でした。

 空手の方でも、師範から直接教えてもらえることは稀なのですが、時折師範がやっている動きを見たり、ごくたまに自分の形を見てくださってご指導いただけたりすることがあります。その時間をムダにしないよう、自分の空手に活かせるよう常に意識しています。

 学校教育が定着し、子供たちは、いろいろ教えてもらうことが当たり前となっています。娘にもそんな感じが見受けられるのですが、本来教えというものは『乞う』もので、実は教える方には別に、教えてやる義務はないのです。そこを月謝を納めて、「あなたの持っている知識や技術を、どうか教えてください。」と頭を下げて教えてもらうのです。小中での義務教育がなくて困るのは、子供自身です。読み書き計算、一般常識や一定の知識、大人になってから「もっと勉強しておけばよかった」と思うのはある意味定番です。

 教えてもらう側は、教えられるのはけっして当たり前のことでなく、一回一回が実は貴重な時間なのだという意識を持って、貪欲に学び取る姿勢というものを大事にしてもらいたいと思います。 

 

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