『認めて、ほめて、励まして』でも、我が子には・・・

 最近の子育て本・教育本は、“ほめて育てる系”が主流ですね。私も、自己啓発本や、子育て本をよく読むのですが、共通するキーワードは、『自信』だと思います。「もっと自分に自信を持つには・・・」、「自信を持たせるにはどうしたら・・・」という感じでしょうか。ある本には、子どもに自信を持たせるには、

1.行動やがんばり、あるいは存在そのものを、まず『認めて』あげること

2.出来ていないところはさて置いて、出来ている部分を『ほめて』あげること

3.不安や迷いがある時には、大丈夫だと『励まして』あげること

この3つが大切だと書いてありました。

 認めて、ほめて、励まして。空手のほうでは最近、指導の際にかなり意識しているのですが、実は、肝腎な我が子の前では、なかなかできていないのが現状です。こんなことで、立派な大人になれるだろうかと、心配のほうが先立ち、つい出来ていない部分への指摘や小言が出てきてしまいます。きっと我が子は我が子なりにがんばっているはずなのに、それをそのまま認めてしまうと、こんなもんでいいのかと努力しなくなってしまう気がして、ほめてあげることが出来ません。

 先程、子育て本を読んでいると言っておきながら、やってることがまるで違いますね。自分でもおかしいと思っています。それはきっと、私が親バカなんだからだと思います。我が子を客観的に見れずに、主観的に見てしまうのです。

 空手の場合は、子ども達はみんな大切でかわいいですが、それでも指導に際しては、客観性を持って、全体と個々を見ながら接することが出来ます。声が出ているとか、四股立ちが深いとか、突きや蹴りが力強いとか、それこそ、気をつけの姿勢がカッコイイとか、いろいろほめます。もちろん集中力が続かない子には注意もしますが、その後出来ていたら、ほめるようにしています。これらはきっと、客観視が出来ているからこそ、出来るのだと思います。

 きっと我が子にも、認められる部分、ほめられる部分は、たくさんあるのでしょう。ご近所さんや、患者さんからも、「娘さん、姿勢も良いし、受け答えも挨拶もきちんとして、しっかりしていますね。」と、ほめられることがあります。半分はお世辞でしょうが、私は、その残りの半分も、その言葉どおりに受け止めることが出来ずに苦笑いしてしまいます。客観視出来ていない証拠です。

 昨年の、ある空手の大会でのこと、組手試合の決勝戦、ある低学年選手のお母さんが必死に応援していたのですが、結果、負けてしまいました。そうすると、途端に烈火のごとく、自分の子どもを怒り始めたのです。叩きこそはしませんでしたが、選手は、試合に負けて悔しいのか、お母さんに怒られて悲しいのか、その両方なのか泣き出してしまいました。冷静に考えたら、準優勝です。立派じゃないですか。客観的に見たら。子どもは、十分ほめられることをしたと思うのですが、主観的には、優勝を逃した悔しさが上回ってしまったのですね。

 このお母さんのしたことは、子育て的には間違っていると思うのですが、きっとそれ程、我が子への期待が大きかったとも言えます。優勝出来る実力・能力が我が子にはあると信じていたんだと思います。もし、期待しているからこそ、キツく当たったのだとしたら、怒鳴り声でなく、もう少し別の、声の掛け方があったと思います。このお母さんも、冷静さを取り戻し、自分の言動を客観視出来たら、お子さんに謝って、素直に準優勝をほめてあげられるでしょう。その後、そうなっていたことを期待します。

 このように、実はなかなか我が子を客観視することは、案外難しいようです。私みたいな親バカパパはなおさらですね。しかし、そのことを自覚しておけば、ある程度は、言動に注意することが出来ます。我が子を一番に愛して、我が子のために行なった言動で、我が子に嫌われる。そんなことにならないよう、すでになりつつあってもそこから脱却できるよう、気をつけていきたいと思います。

 

 

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